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柴犬★しつけ教室・・・☆柴犬の歴史

柴犬の子犬マリリンと先住犬ポメラニアンのミントのブログを開設しました~(∩_∩)ゞVfsh0137

マリリンはあまりにも元気過ぎて、家中を嵐に巻き込むのでドッグスクールに入ることになりました。これからマリリンがどのように変わっていくかを中心に、ミントの話や映画の話、その他色々、頑張って更新していきますので、遊びに来てください。

さて、今日はあいにくの雨。愛娘マリリンのしつけ教室1回目です。朝から夕方まで教室にお預かり。誕生日が2月22日?なので生まれて4ヶ月。一人でトイレができるようになってね。

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柴犬の由来・柴犬の歴史

犬たちの歳時記  笠井 俊弥 (著) より

明治維新までの長い長い年月、私たちの先祖が付き合ってきた犬のほとんどは、柴犬でした。そこで疑問が沸いてきます。
第1に、一体いつ頃からシバ犬という呼び方があったのか?
第2に、それはどの時代の文献に遡って見られるのか?
第3に、シバと呼ばれたのは何故か?
これらは、日本の犬の文化史の最大の難問です。
これまでの柴犬の早い時期の用例としては、川端康成の本に次のくだりが引用されてました。「柴犬は、運命論者みたいな所があって、僕はすきですよ。こうやって膝に載せても」(改造・昭和8年7月号)
柴犬が天然記念物に指定されたのは、昭和11年です。しかし昭和3年には「日本犬保存会」が設立されてますから、その少し前あたりの記録に柴犬の語があるはずです。
けれども非常に長い歴史の中で、是非とも知りたいのはもっとずーっと前の文献なのに、これまでの文献の痕跡すら具体的に報告されていません。・・・略・・・

縄文時代から、犬は柴犬の先祖しかいなかったに等しい時代が長く続きました。その間は、ただ「犬」といえば、よく柴犬以外のごく少数派だけに犬種名的なものを付ければ混同しなかったので、「シバイヌ」という言葉が発生する必要がありませんでした。やがて唐犬、むく犬、あるいはそれらと在来犬(シバイヌ)との交雑犬が次第に増加して、やっと在来種を特定する言葉が必要となりました。・・・略・・・

シバ原をくぐって、トカゲ、野鼠、野兎などを追いかけて遊ぶのが大好きだったシバ犬の「くぐる」が省略されたように、柴犬は、原野が最もゆかりのある場所だったという事を十分念頭に置かなければなりません。京都では、原のことを柴とも言いましたが、もっとはるかに密接な関係があったのは、地名にずばり野がつく武蔵野です。武蔵野を拓いた江戸は犬の都でしたから、何よりも江戸と武蔵野の文献に的を絞って探索するのがよいはずです。・・・略・・・
「さてその犬は並の犬よりは、よほど小さく、上毛は黒く、下の方は赤いように見ゆるとかや。・・・又芝犬といってよく人を噛み付く。」(加藤曳尾庵・日録・我衣17巻)
問題は芝犬と書かれている点です。芝・芝草は古くから柴・柴草とも書かれていたので、芝と柴が書き換えられた例は少なくありません。・・・かくて芝犬の語源とのギャップが大きくなった幕末の江戸か明治初期の東京で、柴犬の書き換えが進んだのでしょう。
柴犬は生い茂る夏草に勇躍して飛び込むと、それこそ楽しい事が多く、我を忘れてかなりの時間帰ってきません。次の句もそうした柴犬を彷彿させます。
夏草に飛び込みし犬現れず 
   (内藤吐天 昭和23年 鳴海抄)

<その他>
柴犬の強き夏毛さすりいる手が優しかり自らの手が
   (道浦母都子 黄水仙)
桔梗咲き甲斐の柴犬庭に居り
   (水原秋桜子 昭和27年 残鐘)

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